性別違和、私の取説

GIDとか性別違和に関する私の愚痴

生い立ち 7

小学生時代は泣いた思い出しか有りません。その殆どが泣かされた経験です。

泣かない日は卒業式まで無かったです。
両親が共稼ぎ状態でしたので学校が私の託児所みたいな感じだったのだと思います。

もちろん、学校に行きたく無いと駄々をこねた事もあります。
でも、地域の集団登校で無理矢理引っ張り出されて泣きながら登校した事もありました。

今でしたら、、児童虐待なのですけどね汗

今だに母は鬱病を理解して居ませんから。
性別違和なんて理解させる方が難しいんです。
ヒトって、、外観から性別を判別して会話によって確信するんです。
外観が、女性であっても会話したら男性じゃない、、、ってなったら当人は女性のつもりでも相手に理解がない場合は男性として認識するんです。

その挙句に、、気持ち悪い、、、ですから。テレビを見ていて母の言動に私はビクビクしてます。
いつ、私のことを指摘されるのか?、、怖いんです。

でも、いつかは話さなければ先に進まないと思っています。

いつになるのか分かりませんが。

 

話を戻します。
小学校を何とか卒業した私は、地区の中学校に入学しました。
制服は男子の場合は詰襟の学生服。
女子の場合は夏服になるまでは自由でしたが、夏服冬服共にセーラー服でした。

1年生、2年生は小学生時代と違って楽しい思い出しか、無かったですね。
思春期という事もあったかもしれません。
家女装はしていましたけど。

ああ、そう言えばお化粧までして完全女装?みたいな事をしたのは小学5年生のお正月でしたね。
写真も撮って、そのネガとかが後に父に母に知られて、当然のように叱られて。

おカマとか言われましたけど、自分では女の子と思っていましたからその意味すら分かっていませんでした。

母は今だに私のような性別違和とテレビに出て居るようなオネェの区別が付いていません。
全部、母から見れば同じなんですね。
この牙城を崩すのは容易では無いです。

知識が進み、その当時の女性週刊誌に男性から女性になってまた男性に戻ったという記事が載りました。
母が買ってきた女性週刊誌なのですが、私も良く読んでいました。
その記事を見て、私は性転換を知りました。
こんな事が可能なんだ?、、、と思いましたね。
いつか、私も性転換したい、、と思いましたが当面の目標は中学に通う事でした。

現実と理想の違いですね。

中学2年生の時に出会った男友達の存在が中学3年生の時にあった《第3の事案発生》を何とか乗り切る事が出来た親友でした。

私は今でもこの人の存在があったからこそ、自殺しないで生きていられると思っています。
今は交友関係自体消滅しています。

 

その《第3の事案発生》を語ります。

最初は、たわいもない事でした。
当時、私も思春期真っ只中で、ニキビに悩まされていました。

当時のニキビに対する知識なんて大人ですら甘く見ていた節があります。
顔をちゃんと洗っていないからだ!
が主流でしたね。
本当は体内ホルモンの分泌不良によって起こる現象なんですよ。
その証拠に私が最近まで時々疲れを感じると直ぐにニキビみたいな吹き出物が顔に首に出ますけど、女性ホルモンの服用でそういう事が無くなりましたね。

だからと言って、安易に服用を進めて居るわけでは無いです。
ニキビ治療にホルモンしたら完治したなんて無いですからね。
その理由は、後で語ります。

私の場合に限る、、、とだけ、今は言っておきます。

思春期だからこそ、男性ホルモンによってニキビが多くなるんです。
女性でもありますけど、バランスの問題です。
食生活も関係していますから。

そのニキビの治療に当時私が使っていた塗り薬がありまして、私と同じようにニキビで悩んでいた同級生の男子にそれをあげたんです。

何事も用量をちゃんと守らないと逆に悪化する事だってあるのですけど、まさか、、
1日で全部顔中に塗るなんて私にも予想外でした。

その彼の言い分は「全部塗ったけど治らないぞ」でしたね

正直、、、バカに塗る薬は無いと思いました。

その後で、ちゃんと用量を守らないと逆効果だよ、、って言ったのですが当時その彼が付き合っていたらしい女子の耳に入ったんです。
私自身、誰が誰と付き合って居る、、なんて知りませんから。
誰と誰が交換日記をしているか、、もね。

その女子、、Aさんとニキビ男子のIくん。
IくんとAさんとの交換日記で私の事が書かれていたらしいんです。

当時のAさんはクラスの女子を束ねていました。

ここまで、読んでくださった方ならばお分かりですよね。
翌日から女子達全員からのイジメが開始されました。

私が逃げられる所は、、、中学2年生の時に親友になった男子なのですが、クラス替えでかなり離れた進学クラスの為、せめて登下校だけは一緒にと思っていましたから自分のクラスが全員下校と成ったら速攻遠征しました。

 

わたしね、、、親友の事が好きだったんです。
両方男ですけど
同性愛という感じではなく、わたしの方が一方的でした。
片思いですよ。
だって、その時のわたしの気持ちは恋する乙女な感じでしたから。

自分を女性と思っているから成せる技?みたいな

相手の親友の方は私を完全に同じ男子と見ていますから、私としてはそれでも都合が良かったんです。
取り敢えず、心の拠り所が必要でしたから。何より親友は秀才でしたから。
親も友人をもって付き合うなら秀才の方が良いと思っていたらしいですから。

 

女子のイジメって理解できます?
他の性同一性障害MtFの方や性別違和MtFの方はされた事ないかな?

陰湿ですよね。

見えない所、男子も先生ですら見えない所でのイジメです。
男子みたいな暴力だったら、仲間に引き入れる様なやり方だったら、大人も気づくのですが陰湿な言葉とか無視によるイジメ、、これね、、心にダメージが蓄積するんです。

今もイジメ問題がありますよね。
今の子供達は、この陰湿なイジメを男女関係なく行なっている場合が多いんです。
だから、自殺者が絶えない。
逃げる場所が無くなるんです。
家で追い詰められたら、何処にも逃げ場がなくなった時、自殺しか選択肢が無くなるんです。
そんな時に、登校拒否になれる人は、むしろ幸福なのかもしれません。
大抵はそのまま引きこもりになってしまうかも、、今は。

 

私の場合は親友と遊びに行ったり図書館で勉強したりしていましたから、自殺未遂にも至りませんでしたね。

ただ、登校するでしょ?教室を廊下から見ると物凄く暗かったのは覚えています。
明かりが点いているけど暗い感じがしました。
授業が終わって他の同級生達はみんな下校するのですけど、私は親友のクラスに行くのに廊下を歩いて行くんですよ。
そうすると、親友のクラスは補習授業をしていまして、教室内も明るくて終わるまで私は廊下で待っていました。

 

今考えると、、、どう見ても、女子が男子を待っている様にも見えますねw
私のその時の気分は、どれだけ長い時間でもずっと待って居られました。

そんな時でした。
一人の女子に出逢ったのは。
その子は写真部でしたが、部員はその子ひとり。
部長兼部員、、、イラストとかも上手くて良く、私が親友を待っている時もカメラを手にして私の所に来て話をしたりしていました。
話した内容も『ディズニーの色使いが好きとか嫌い』とかそんな話でしたね。

セーラー服もちゃんと着ていて、どう見ても女子なのに、男みたいな性格でしたから私も話しやすかったですね。

一方、クラス内のイジメは男子まで波及していまして、居場所は完全になくなっていました。
クラス内は、、、ね。
それ以外の場所では居場所を勝手に見つけていましたけど。

だから、クラス会なんて有っても私は今だに呼ばれませんよ。行く気も無いですけど。
受験真っ盛りの時に陰湿なイジメに遭っていた子はどうなると思いますか?

高校受験に失敗するんです。
勉強どころでは無いですから。
マトモに授業すら受けられないんですよ。
親も信用できなくなるんです。

親友は希望の高校に進学して、私は滑り止めの滑り止めに受けて辛うじて入学を許可された私立高に入学することになりました。
私の中学生生活は親友との別離と共に終わりました。

別れが有れば出会いもある、、、

私が入学した私立高で、出会ったのは、、、1人の女子生徒でした。

伏線は、、、ありました。
あの写真部の部長兼部員だった女子生徒でした。

名前をOさんと言います。
同じクラスだった事も幸いしていたのかもしれません。

この女子生徒のおかげか、私の高校生活は一変しました。
あの事案が発生するまでは、、、
《第4の事案発生》です。

もう少し続きます。

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