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性別違和、私の取説

GIDとか性別違和に関する私の愚痴

生い立ち 7.5

高校は私立高でしたが、いわゆる落ちこぼれの高校でした。
金さえ積めば入れる、、、そんな高校でしたがどちらかと言うと高校受験に失敗した生徒の受け皿でもあり、中学時代にどちらかと言うと個性的で孤立していた生徒が入学する高校でした。
今は、大学の付属高校になっていまして、どちらかと言うと進学校の仲間入りを果たしています。でも、校風はあまり変わっていないんですよ。

当時の特色は、、、飛び石連休に成っていますと学校側で強引に教職員研修として
連休にしてしまう高校でした。

今考えると、、、アレは何だったんだ?なのですけどびっくり

高校入学後しばらくして、同じクラスにも成ったOさんに話しかけたのがキッカケになりました。
「写真部に入りたいんだけど?」
「え?本当?」

早速放課後、部室?のような化学室に連れて行ってもらいました。

そこで、先輩達とご対面。その後で顧問に紹介、、、この顧問とも卒業後数十年に渡り取引が継続した経緯があります。
趣味が仕事になった、、、でした。

中学の時にそんなに仲良く無いけど自分と同じ様に高校受験失敗組の友人が数人居ましたので、その友人達も写真部に誘ったのが全ての間違いの元でした。

まあ、部費が〜!
という部長の悩みを解消してあげたかったのが、その時の理由でもありました。

この写真部、、、後に高校3年生になった頃には殆ど光画部と化していました汗
更に卒業後にはワインと酒蔵あせる
写真部なのだけど、部活動は遊びから、、とした方針はその後数十年に渡りました。

部活動の根幹を変えた、、と今だに、わたしの行った所業が伝説になっていますあせる
はた迷惑なのですけどね。
わたしが首謀者、、、では無いとおもうんですけどね〜

不思議な事にこの高校の3年間は《第4の事案発生》以外は性別違和を全く感じませんでした。

男として居られた、、というより私より男っぽかった女子がいつも側にいたからなんですね。
性別の差を全く感じる必要がない時間が流れていたんです。

その問題の《第4の事案発生》を語ります。

それは、高校2年生の冬のスキー教室での出来事でした。

私は家庭の事情とかもありまして、中学、高校共にお弁当持参では無く中学では購買でパン食でしたし、高校では食堂で昼食を食べていました。

高校1年生の時は、どちらかというと使いパシリみたいな事もさせられていましたが、別に気にもとめていませんでした。
お釣りは総取りでしたので。

高校2年生になって、一年生の時に使いパシリをさせていた男子2人とはクラス替えで別のクラスに成りましたが、このスキー教室では合同になりました。

男子ばかりのクラスが3クラス合同でした。
その2日目の夜。
何気無く夕食後にホテルの廊下を歩いていたら隣のクラスの2人に呼び止められました。
呼び止められたと言うより程のいい拉致でした。
そのまま、彼らの部屋に閉じ込められ、扉には鍵が掛けられました。
羽交い締めにされると彼らは私の服を脱がしました。
全裸にされると、四つん這いにさせられ、、、犯されました。

私、、、ね。
男なんですよ、、、
ようやく性別違和感から脱出出来ると思える様になってきていたんです。
女装とかもしなくなって、あの子にも、、、好きだって言える手前まで来ていました、、、

でも、、、口にも入れられ、お尻にも入れられた私は、、男では無くなっていました。
先生にも親にも言えませんでした。
当然心配させない様に以後振舞っていましたから。

でも、、、その事が原因で私は好きだった女子に冷たくなってしまいました。
私といたら私と同じ目に合うかもしれないそしたら、私は、、、
そう思うとどうしても、、

彼女を守る為に遠ざけた結果、私は彼女に振られました。
当然の報いだったと思います。

これ以後、私は学校では明るく振る舞いましたが家では早く卒業して離れたいと強く思う様になりました。

三年の時に写真部を光画部のようにしてしまったのは、出来るだけあの2人と接触したくなかったからです。
本当は卒業後に三年時の元担任に会いに行った時、話すべきだったのかも。

今となってはわかりません。
密室で行われた男子2人による私への輪姦。
この事は、私に深い傷を付けました。

高校卒業後、私は圏外に逃げるように就職しました。
でも、そこも、、、安住の地では有りませんでした。

《第5の事案発生》です。

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