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性別違和、私の取説

GIDとか性別違和に関する私の愚痴

服のリフォーム?

今朝の地元紙にLGBT向け服のリフォームの記事が載っていました。

 

LGBT

 

いや、主にT向けでしょ?

 

と思ったけど…

 

よーく考えて見たら、私の母もその商売が出来る可能性があったんですよ。

 

ただ、それをするには…

私の性別違和をカミングアウトしなくちゃならない…

 

私の事を理解させた上で、話を進めるのであればまだしも、何も知らないで進めるのはどこでどんな危険が待っているのか分からないから。

 

私も洋裁はしますが、母の洋裁スキルは、群を抜いています。

私としては趣味で終わらせるのは勿体無いと思ってそれとなく…言葉をかなり濁して勧めたこともありました。

 

でも、母は私の言っている…半分も理解出来なかったんです。

母から見たGIDMtFとかLGBTとか性別違和は、『ヘンタイ』の領域から抜けていません。

昔からですが…柔軟性に欠けるんです。

 

まぁ、確かに…そう言われればその通りですけどね。

 

ヘンタイさん。

 

私もその一人だわ^^;

 

でもね。

その母の言う『ヘンタイ』が、今や市民権みたいなのを受けて大量の性転換者を生んでいるんですよ。

全員…もしかしたら、自己女性化愛かもしれませんが…。

 

ホルモンを服用した時点で性転換の入り口に立つわけですから。

私も同類ですね。

 

ただ、多くの方と違って、私は今の状態を楽しんでいまして…

生きることが辛すぎる時期もありましたが、今は楽に生きています。

 

あまり、心を閉鎖的にしてしまうと、そればかりが気になって、ドンドンハマって行きます。

女性化を目指す、自己女性化愛症候群の方達が、周囲の警告やら忠告も聞かずに突き進んでしまうのです。

 

結果、誰も幸福に成らない。

 

本人も、家族も。

 

後悔しても、どうにも成らない。

 

みんな…ね。

過程が楽しいのに結果を早めるんですよ。

心が求める異性になったら、あんな事をしたい…こんな事をしたい…って夢を見るのは自由ですけど…

 

定年退職した、学校の先生に似ています。

退職する少し前から趣味に没頭するようになって退職したらこの趣味が毎日出来る!って意気込むのですが…

いざ、退職してしまうと…

何もしなくなる。

するのは…趣味というか…ボケ防止の運動みたいなゴルフだけ。

 

退職したら…やって見たいことが山ほどあったのに辞めたら…何をするのも面倒になる。

 

これって、女性化と似ています。

自己女性化愛の方が、ホルモンして…脳に女性ホルモンが廻り出すと早く性転換したいと願うようになり、女性になったら…あんな事やこんな事をしたい〜

 

でも…

 

全部の事が済んで、女性に成っても満たされない事に気付くんです。

だって、性同一性障害では無く、自己女性化愛症候群ですから。

満たされないのは当たり前なんです。

彼らは、その過程が楽しかっただけなんです。

目標が達成されたら…目的を忘れてしまうんです。

目標を見失って、何故自分は女性に成ったのだろうか?男性と性行為をする為?

自分の快楽を昇華させる為?

 

女性に成ってからのビジョンが、無いと女性に成っても意味が無いんです。

 

男性と結婚?

確か…貴方は、GIDMtFレズの性指向でしたよね?

今、嫁も女性、貴方も女性…幸福ですよね?

 

憧れた女性に成れたのだから。

 

でも、その後は?

 

無いんですよ。

自己女性化愛症候群の多くの方達は、その後のビジョンが無いんです。

埋没が、羨ましい?

 

アホですか?

 

バカですか?

 

埋没するしか方法が無くなるんです。

男性の時…GIDMtFを謳っていた時

その頃の方が幸福だったんじゃ無いですか?

 

何事も過程があるから、楽しいんです。

でも、目的が達成されてしまうと、埋没どころか本物の女性達と切磋琢磨しなければ生き残れない現実を目の当たりにするんです。

 

本当の性同一性障害者は、結果を求めます。

女性としての生活を大切に今を生きようと努力します。

元々の土壌がありますから、趣味に没頭する人も居ますし、女性としての幸福を得ようと努力するんです。

過程は、酷く不幸せですが、結果が幸福である事を信じているんです。

 

でも、自己女性化愛症候群の方達は違いますよね。

女装が趣味で女性化も趣味の一環。

だから、過程が本当は楽しいのに性同一性障害と偽るから結果を早く求めようとする。

結果を早めても土壌が有りませんから、引きこもりにも等しい埋没を選択するしか無くなるんです。

 

性同一性障害の埋没と自己女性化愛の埋没は意味が違うんですよ。

 

性同一性障害の埋没は、本当の自分としての幸福を得ようと努力します。

日々、毎日ね。

 

でも、自己女性化愛の方達は、女性に成ったらそこで、満足してしまい…今度は自分の変態性と付き合う事になります。

元々のココロではなく、頭が脳が男ですから女性の身体に興奮するんです。

 

満足している筈なのに満たされない事に気付く事なく…自分の身体に興奮して悦に浸るだけ。

未来のビジョンなんて、ある筈もない。

定年退職した学校の先生に似た…感覚が彼らを襲うわけです。

 

色情ってご存知ですか?

 

まさに、それです。

 

元々は勘違いなんです。

自己女性化愛の人達は性同一性障害では有りません。

 

本当に性別違和を感じている性同一性障害の方は、何をしてもココロと一致しないんです。

性転換しても、遺伝子が男ですから出産も経験出来ませんし、生理も無い。

女性に見えるけど女性ではない事に嫌悪を抱くんです。

だから、性転換を求めようとして居ても自己女性化愛の様に短絡に性転換を強く求めません。

 

自己満足出来るのは、死ぬことだけ。

死と直面しているのは、自己女性化愛では無く性同一性障害の方が深刻な問題なんです。

 

何しろ、性同一性障害の場合…求める性に社会的に成ったところで、反対側の障害が発症しますから。

どこまで行っても満たされない事に最初から気付いているわけです。

だから、最終段階まで進む人の多くは、自己女性化愛と言えると思います。

 

この辺の法律をちゃんと策定しないと、いつまでも性同一性障害の問題は解消されないと思います。

 

本当は…ね。

私も女の子として生まれたかったんですよ。

でも、そうではなかった…

運が悪いのか…良かったのかは分かりませんが…男の子として生まれてきてしまった…ああ、だから…胎内にいた時から自殺を考えていたのか…^_^

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