性別違和、私の取説

GIDとか性別違和に関する私の愚痴

性別の境目

この記事で150件目。

 

一区切りには持って来いな、事を書きます。

 

タイトルには性別の境目と書きましたが、実際には…

性同一性障害と自己女性化愛の境目についてです。

 

みんな最初は、自分を性同一性障害と思って診断を受けるんです。

 

心の中の性別とは違う身体なんです。

と?

 

私は知っています。

 

そんなの当たり前じゃん。

 

…いや、でも…これを言うと私も怪しくなっちゃうからなぁ…

 

判断が難しい所なのですが…

 

まぁ、敢えて言うならば…

 

最初の気持ちはどこにあったのか?

なんですよ。

 

…いや、どこじゃ無いな…いつ?かな。

 

改めて…

 

最初に違和感を感じたのはいつなのか?

です。

 

私に関してですが…前記事でも語っている通り、何とかして身体と心の性別を一致させようとしていたんですよ。

でも、出来なかった。

試しに女性ホルモンの服用を始めたら安定した。

というか、このままでも良いじゃん?

と思うようになった。

 

完治では無くて、勘違いさせたわけです。

脳に…ね。

 

私が性別違和を感じ始めたのは紛れもなく幼稚園から小学校低学年の頃でした。

普通はこんな時期から?と思いますが、あくまでも、性別違和か性同一性障害かの違いだけ。

 

自己女性化愛とは少し異なります。

自己女性化愛の場合は、自分の意思での異性装が先にありまして、そこから、深みにハマっていくわけです。

 

診断を受けたら性同一性障害の認定血統書を貰った。

犬か?

予防接種は欠かさず受け、犬としての人生を歩むことになります。

 

当然犬ですので、自分の今後なんて飼い主に任せっきりです。

飼い主は、血統書を出した方ですね。

 

こうして、性同一性障害の血統書を持った犬が大量にこの世に出てくるようになりました。

 

でもね…やっぱり、どこまで行ってもこういう犬は、自分を人間だと勘違いするんです。

正直、去勢したら延命させたり性欲を喪失させるだけなんです。

人間でしたら、欲の一つを永久に奪われる事ですので、その後は食欲とか生きるための欲も失われていくでしょう。

 

でも、ご安心下さい。

この血統書を貰ったのは、犬です。

人間の姿をしていますが、見掛けだけです。

本当は犬なんですよ。

 

こういう犬を見る私たち人間は、なぜか憐れみます。

だって、可哀想でしょ?

だって、人間の姿に見えるのに犬なんですよ。

社会的生産を生む私たち人間から見れば愛玩具以上の存在には成れません。

 

この犬達は、自己主張をしますが、どれも論理崩壊しています。

自己正当性を懸命に主張しますが、私たちには届きません。

何故なら、この犬達にしか分からない言語で話すからです。

人間である私達にとっては、この犬達は愛玩具に過ぎないのです。

 

しかも、殆どが雌犬に見えます。

まぁ、あるはずのものが無いですから、見かけ上は雌犬ですが、実際には去勢された雄犬です。

 

発情は、始終するようです。

外見で見誤った人間の何人かが毎日騙されます。

 

雌犬の様に見えるけど雌犬では無いことに興奮する人間もいます。

まぁ、一部の人間ですが…大抵は調教してこの犬を従順にします。

この犬は、非常に調教し易いと各所で評判になります。

何しろ犬ですからね。

従順に成らなければならない…という思いもある様です。

憐れですね。

 

これら犬達とは違うヒトがいます。

 

彼らは、外観上から少なくとも犬には見えません。

内面も犬ではなくヒトを装います。

出来るだけ、外観と内観を同一にさせようと日々努力していますが、どうしても、内観が犬化してしまうので極度に外観と同一に振る舞おうとして無理が生じます。

 

幼い頃から尻尾がある事を極度に嫌がります。

引っ張ったりして取ろうとする幼少期に多いのがこのヒトの特徴です。

このヒト…は、犬ではありません。

心に傷を負っていますが、ヒトとして生きようと必死なのです。

 

快楽に走った犬。

社会に順応しようとして努力しているヒト。

 

どちらを応援しますか?

 

私はヒトの方を応援します。

 

私もヒトで在りたいと思います。

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