性別違和、私の取説

GIDとか性別違和に関する私の愚痴

またかよ…

しばらく、仕事の都合で忙しさもあって、GID関連のブログ探索から離れて居ましたら、またまた…ヤラカシタ人を見つけました。

 

どうして、妻帯者が多いのかなぁ?

あり得ないのだけど?

 

性同一性障害であるのならば、本来でしたら恋愛感情を抱く前に自分の性別に違和感を持つのが普通でして、婚姻してから自分の性別に違和感を覚えて、受診する事自体…努力が足りないと思うのですけど。

 

ここで言う努力というのは、自分の性別に対しての努力です。

 

折角、男女の恋愛に発展して婚姻したのに、どうして、最初に自分の性別違和を相手に伝えないのか?

相手の幸せを第一に考えないのか?

 

私は不思議ですね。

 

全部黙って居て、ある日突然そうなったかの様に振る舞うのは男性特有の身勝手な行動と考え方に他ならないという事実は…一体、どう説明するのか?

 

説明なんて無理ですよね。

だって、自己女性化愛なのですから。

女性になった自分しか愛せないんです。

他の女性は、単なるサンプルに過ぎないんです。

目指す目標を無意識に側に置いておきたいという男性としての考え方しか出来ないのが自己女性化愛の特徴なんです。

その過程で、殆ど済し崩しで、家族に無理やり納得させる手法を選択するのも自己女性化愛の特徴なんです。

 

ホルモン注射して、嫁より女らしくなってやる!

と意気込むのは良いけど、その嫁の立場って考えた事ないのでしょうかね?

 

逆の立場だったらどうします?

嫁がある日突然、『オレは男なんだ。心が…だから、男になりたい』

って言いだしたら…

 

『だったら、私が女になるわ』

とは、成らないでしょ?

 

自己男性化愛と云うのが存在して居ない以上、自己女性化愛は異常なんですよ。

こんなの性同一性障害でも何でもないんです。

でも、自己女性化愛が性同一性障害と認定されている以上、いずれ嫁さんも了解せざる得なくなります。

 

かつて、夫だった人は、居なくて…女性ではない…変な性別の人が夫?

これで婚姻関係を維持出来ると本当に思っているのならかなり…

 

御花畑化している脳になっていると思います。

 

今の性同一性障害と謳っている方の多くはこの自己女性化愛に冒されています。

 

全部、勘違いなのですけどね。

 

人って…快楽を求めると際限ないんだな…って改めて思います。

 

昔から自己改造快楽感情というのは、存在していまして、多くの男性が望んでいたのは、自己性器の改造でしょうか?

包茎治療もその一環ですね。

 

その中で、女装してみたら、意外とイケる?

と思った人も多くなくて、それが現在の自己女性化愛に繋がっています。

 

本当の意味での性同一性障害の方は、体の性とは反対の異性との結婚なんて考えられないんです。

どうしても、恋愛というと心が作用しますから。

その女性を好きになったのは同性愛な感情ではなくあくまで、異性愛だった筈。

 

私が言いたいのは、同性愛な感情では結婚には至る事はあり得ないんです。

 

相手を見て感じて…この人ならば…と婚姻に至るわけですから、同性愛であるのならば何故、婚姻に至る前にちゃんと告白しなかったのか?

 

です。

 

ほら、矛盾点が出てきますよね。

 

しかも、自己女性化愛の悪いところは、後天的である事。

先天的であるのならば性同一性障害ですが、後天的の場合の多くは妻帯者で自己女性化愛が殆ど全てなんですよ。

 

この事が、現代精神医学で全く解明されていないのに、主張だけは一人前。

だから、差別が生まれるんです。

性同一性障害に対する世間一般の差別感は、他の身障者とは違います。

 

私としては、自己女性化愛と性同一性障害を一緒にして欲しくないです。

 

もちろん、私の性別違和とも違います。

 

現在の私はとても、精神的には安定しています。

薬は飲んだり飲まなかったり。

 

一度膨らんだ胸は萎みましたが、元に戻る気配は無いです。

性器の方も小さくなる一方ですね。

自慰自体は皆無になりました。

 

性的な興奮とかは、無いです。

必要も無いので。

 

元々の精神状態に戻りつつあるのが、今の私なんです。

これで、もう少し楽に生活出来たら良いのですが…経済的にねw

 

ま、あと何年か生きられるか分かりませんけど、満足出来る終わり方で、死にたいな。

 

取り敢えず…自己女性化愛の方々は、この世から消えてくれると嬉しいかも。

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